台湾のアーケード

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台湾に街並みの大きな特徴としてアーケードがあります。詳しくは分かりませんが建築する際の法律で設置が義務付けられているようで、通りに面したビルには必ず設けられています。

アーケードを形成するために1階部分の一部を独立柱によるピロティにするため、地震国でもある台湾でたびたび発生する大地震によってビルが倒壊する報道を目にします。

でも、実際に訪れてみて多彩で有効な用途に驚きました。アーケードはあくまでその建物の敷地内、つまり私有地なので、シチュエーションによって使われ方が大きく違っていてその場所の個性がでています。

それ以前に、台湾は亜熱帯なので雨期の台風や夏の日差しからも人通りを守ってくれます。不運にも私の旅行滞在期間中、台風直撃でずっと暴風雨だったのですがアーケードの下を雨宿りしながらなんとか旅行を楽しめました。

次回はアーケードの使われ方についてもう少し書きたいと思います。

木製のカップ

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「あたたかい」がテーマということで、最近の小さなあたたかい体験です。

知人から木製のコーヒーカップをいただきました。いただいてからしばらく食器棚に置きっぱなしなっていたのですが、なんとなく使い始めてみました。

それがとてもいい!

木製の食器自体一般的に存在しますし、私もとっても身近なアイテムですが、木製のコーヒーカップは初めての経験でした。口をつけたときの触感が金属製や陶磁器にはないとても暖かくてやさしいのです。普段お味噌汁をいただくときは木製のお椀を使いますが、どちらかというと飲む行為より食べる行為がメインなので気がつきませんでした。コーヒーカップは当然飲む行為のみなので口をつけたときの感覚がとても大切になるということなのでしょう。

さらに、とても軽いので、指先だけで持ち上げるコーヒーカップでも楽に持ち上げられます。

そんなわけで、普段飲まないカプチーノを淹れて撮影。

表札

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先日、竣工した住宅の表札を取付つけました。竣工と言っても竣工から取付までかなりの時間か経過してしまったため住まい手さんには大変迷惑を掛けてしまいました。

表札のデザインはいつもその住宅のためだけのオリジナルとしています。それは長い期間、住まい手さんと話ながら共につくりあげた思入れのある住宅に対し、最後の締めくくりの挨拶のように感じていまして、表札づくりの作業を大切にしています。
それは、描き終わった絵の片隅にサインをするのに似ているのように思いました。

秩序

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お題がアプローチということで本来はパブリックエリアからエントランスまでの動線のことを指していると思います。

今回私は若干こじつけではありますが、設計の「アプローチ」をフリーにしたらどうなるかを自分なりに考察したアートを紹介したいと思います。予算や構造、法規などの要因をフリーに考え、形態だけを主眼に置いて作ったレリーフを作りまして、立体アートの展示会に出品しました。

前述したような要因を考慮して図面化するのが設計ですが、それらをすっ飛ばして本能のままに立体を構築してみました。本能のままと言ってもどこか建築らしさだったり法則性を意識してしまうものなのだと気付き、題を「秩序の考察」と名付けました。

ちなみに68,000円。

目地

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月後半はフリーテーマということで、先日、金沢に行ったときのお話しをします。

いろいろ見学しましたが、谷口吉生さん設計の鈴木大拙館を拝見しての感想です。鈴木大拙さんという宗教学者の記念館で、ライブラリーのほか瞑想するための空間があり、造作のディティールが無く厳粛と緊張が空間を支配した建築です。

中でも驚いたのは目地の計画でして、約600mmを基準にした目地がプランのすべてを支配していて、床タイル、池底のタイル、天井、池の周りのRC塀の目地が完全に揃っていました。600の1.5倍、2倍、3倍のピッチで寸法が決まっているようでした。

そのタイルの目地に合わせて、わざわざ建具の敷居の石にまでV目地を彫っていました。執念すら感じます。

設計初期から目地計画が検討され、かなりの量の施工図を描き、完全にコントロールされた現場監理がなせる業で、結果、この努力が緊張感のある空間を可能にしたのだと思います。

勉強になりました。。。

鈍角で隣合うテーブル

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今回のテーマは「食卓」ということでダイニングテーブルについて書きたいと思います。

三角テーブルの家と名づけたこの住宅(実際には台形ですが)は、諸条件の関係であまり広くダイニング空間が確保できず、家族全員が座れる大きさの四角のテーブルはうまく置けない状況でした。

そこでテーブルを変形台形で計画することにしました。台形のテーブルは隣の家族とは鈍角で隣合うことになり、真横でも対面でもない緩やかに隣り合うことになります。長い時間座っている場合その距離感のほうがいいかと考えまして設計しました。

また、お母さんがキッチンのシンクに立ちますとちょうど円を描くような配置になり、家族がつながったような位置関係になるのもよかったかなと思っています。

こんなテーブルいかがですか。

築地市場

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先日、近くに行く都合がありまして初めて築地市場を散策しました。

土曜日ということもあり場外は歩くのもままならないくらいたくさんの観光客で賑わっていましたが、逆に場内は落ち着いている時間帯でした。メインの扇型の建物の脇にある「魚がし横丁」という一角に足を運びました。
基本的に一般客が利用するエリアでなく買出しの方などプロが利用するエリアで、業務用の調理器具や雑貨、調味料などが売られてています。所狭しと商品や箱が積んであり、昔から店構えが変わっていないような、まるで台湾の夜市にような雰囲気のある路地でした。近くこの市場がなくなってしまうと思うとさびしい気がします。ノスタルジックな気持ちになったので、あえてお寿司でなく昔ながらの醤油ラーメンをいただいて市場をあとにしました。

​​​​​​北斎のクロッキー

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​本ブログの今月前半のお題は「趣味」。

趣味の王道ではありますが絵画鑑賞をときどき楽しんでまして、先日のすみだ北斎美術館にお邪魔したときの話です。常設展示に「北斎漫画」が展示されてまして初めて実物を拝見しました。

北斎漫画とは人、動物、植物、文化風俗、風景など様々な世の中の要素を描いた北斎のスケッチ集でして、その中に西洋絵画で言うところのクロッキーがありました。私がクロッキーをする理由は骨格や筋肉を意識してモノの本質を捉える練習でして、デッサン力をつけるという言い方をしたりします。

北斎の人物スケッチ(下の写真)を見ると骨格、筋肉の描写が正確なので高いレベルのデッサン力があることが分かります。

ところが、別のクロッキー(下の写真)では具体的なモチーフを一旦単純な図形に置き換えてグラフィカルな2次元に解釈することを説明しているように見えます。このようなアプローチのクロッキーは見たことがなかったので驚きました。

北斎が西洋絵画的なデッサン力を習得しているにも関わらず、なぜ敢えて本質を無視した平面的な捉え方をする手法をとるのでしょうか。その理由は分かりません。

明治以前、西洋絵画が入ってくる前の日本の絵画は建物の遠近やパースが整合していない平面的なのが特徴と言われます。つまりデッサン力が低い絵という意味です。

今回、北斎のクロッキーを見ての推測ですが、当時の絵師達は実は西洋的なデッサン力がなかったのではなく、敢えて本質を消して平面的な表現をしてしたのではないかと。浮世絵でみられる独特な平面構成的表現を選んだ理由は何なのか。

これはロマンですね。今後調べたいと思います。常設展の最後に超リアルな蝋人形が突然現れますのご注意。以上趣味の話でした。

スカイツリーからの眺め

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先週末、東京スカイツリーの麓を訪れました。今回は見送ったですが以前に登ったときの感想を少し述べたいと思います。

スカイツリーの展望台からの眺めは今まで経験した高所からの風景とはちょっと違ってました。電波塔や超高層ビルからの眺めはなんとか人の形が認識できて人々の生活を上から俯瞰できるイメージで、航空機の窓からの眺めは地形図のような客観的な眺めになります。スカイツリーの地上350mとなると自動車が辛うじて見える程度でリアルな生活はあまり見えなくなりますが、地形図としての眺めまでではない中間的な風景になり、建物が集合体として見え、その集合体の大きな流れが見える、そんな絶妙な高さにように感じました。

この360度パノラマからみる無数の建築群は40年もあれば殆どが建て替わることになると考えると、この集合体はゆっくりと動く大きな生き物のように思えてきます。 私はその建物を設計する立場で、この大きな集合体のほんの小さな一片にしか関わることができていませんが、逆の言い方をすればこの大きな流れのひとつに参加することができる立場とも言えます。

今回は自分の仕事をかなり高い位置から俯瞰して見たことは色々なことを考えることができる大切な経験になりました。

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姪の夢

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「夏の思い出」をお題に投稿してみようということになりまして、まずはわたくし市川から印象に残ったことを書いてみます。極めて私事ですがご了承下さい。

実家に帰省しまして、私の兄弟や元気な甥や姪たちといつものお盆を過ごしました。8月生まれの小学校高学年になる姪への誕生会開催もいつもの風景で、叔父として「将来に何になりたいの?」とごくありふれた質問をしました。

その答えが「建築家!」。

しかも、アツシおじちゃんの会社に入って勉強したいと言うのです。これにはドギマギしました。さらに、スマホ等で検索して私の仕事もチェックしてくれてました。

だた、社員がたくさんいる会社の社長ということになっていて、夢を壊さないよう事実を正確に説明するのに苦労しました。弟よ、子供たちに兄について正確に教えなさい!

商売は繁盛しているのか?などの親からのプレッシャーより重かったが、さらにがんばらなきゃ、と気持ちをあらたにしたとそんな夏の思い出でした。